リズムと身体の健康 歩く・呼吸する・働くを整える音の力

医学博士でピアニスト、音楽療法士の板東浩です。

人は誰もが、それぞれ固有の「リズム」を身体の内側に持っています。普段は意識することが少なくても、ふと音楽が流れてきたときに、なんとなく心や身体の調子が整うと感じた経験をお持ちではないでしょうか。

これは単なる気分の変化ではありません。私たちの呼吸や心拍、筋肉の動きといった身体の基盤に備わっている根本的なリズムと、音楽が共鳴して起こる現象なのです。フィットネスの現場で、音楽が流れると自然に身体が動きやすくなることも、その一例と言えるでしょう。

本コラムでは、こうした音と身体のリズムの関係について、医学的な視点からわかりやすく解説していきます。

目次

ランニングで音楽を聴くと走りやすい

街角で、イヤホンをつけながらランニングをしている人をよく見かけます。人の身体には不思議な性質が備わっており、外界のリズムと自然に同調しやすいという特徴があります。これは意識しなくても働く、人間に本来備わった能力です。

たとえば、3人(A・B・C)がそれぞれのレベルで走る場面を想定してみましょう。Aは運動初心者で、1分間に120拍(120 beats per minute:BPM)のペースで走ります。これは甲子園の入場行進と同程度の速さで、1秒間に約2歩。スポーツに不慣れな人は、このくらいのテンポから始めるのが無理のないペースです。

Bは趣味でジョギングを楽しむ人で、140BPM前後の音楽を聴くと、ちょうどよいリズムで走れるでしょう。Cは長距離ランナーで、160BPM程度のテンポを基準にトレーニングを行います。

このように、運動レベルや体力によって適したテンポは異なりますが、自分に合ったBPMに合わせることで足取りが安定し、一定のペースを保ちやすくなります。これは、脳が外部のリズムを基準として運動のリズムを調整する「エントレインメント(同調)」と呼ばれる作用によるものです。

一定のテンポの音に引っ張られることで、無意識のうちに神経系や筋肉系がリズムを合わせ、運動効率が高まります。さらに、動きが心地よく感じられるため、運動を続けたいという意欲も自然と高まっていくのです。

呼吸・心拍・歩行リズムは音と同調しやすい

呼吸・心拍・歩行は、いずれも身体に内在する基本的なリズムです。これらは外界の音やテンポと、自然に同調しやすいことが知られています。

人類は長い歴史の中で、太古より鼓や歌のリズムに合わせ、集団で働いたり、歌い、踊ったりしてきました。こうした儀礼や狩猟、農作業といった共同活動の積み重ねが、音と身体の同調という性質を育んできたと考えられます。

図をご覧ください。呼吸・心拍・歩行の3つは互いに同調(シンクロ、カップリング)し、タイミングが揃うことで、無理なく楽に運動を続けることができます。とくに運動中は、この同調が体感しやすく、動きの安定として現れます。

音が身体のリズムをつなぐ仕組み

一方で、このメカニズムは安静時にも、無意識のレベルで働いています。一定のテンポをもつ音に触れることで呼吸が整い、心拍が落ち着き、歩行も安定します。こうした生理的反応は、音楽療法の基礎となる重要なポイントです。

とくに、ゆっくりとしたテンポの音は副交感神経系を優位にし、心身の緊張をやわらげる方向に作用します。一方、適度に速いテンポは交感神経を活性化し、活動性や意欲を高める働きがあります。

仕事での集中や、休憩での呼吸法に “音のリズム”が有効

「音のリズムによる同調作用」は、運動だけでなく、仕事や学習における集中力の維持にも活用できます。単調な作業や高度な集中を要する場面で、一定テンポのBGMを取り入れると、脳の注意の揺らぎが抑えられ、集中の“リズム”を保ちやすくなります。

また、休憩の場面では、呼吸法と音を組み合わせることで、リラックス効果をより高めることができます。

たとえば、「4秒吸って6秒吐く」というゆっくりとした呼吸法をご存じでしょうか。低めで一定のリズムをもつ音と合わせることで、呼吸の深さや規則性が無理なく整いやすくなります。このように、「働く」と「休む」の両方の場面で、音は身体のリズムを整える調整デバイスとして活用することが可能です。

歩行、呼吸、心拍といった生命の基本動作は、本来それぞれ独立した生理機能です。しかし実際には相互に影響し合い、複雑なカップリング(相互同調)を形成しています。歩行のリズムに合わせて呼吸が整い、呼吸が整うことで心拍が安定する。こうした連動こそが、健やかな身体活動の基盤です。外界の音のリズムは、このカップリングを円滑に進める「外部のメトロノーム」と言えるでしょう。

職場でかけるのに相応しい、穏やかなメロディと心地よいリズムの音楽を紹介します。
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おわりに

人が無意識のうちに備えている不思議な働き、「カップリング」についてご紹介しました。運動中には、身体の動きが整い、無理なく運動を続けやすくなります。一方で、静かな環境で勉強や仕事に取り組む際にも、身体の内部にある複数のリズムが一つの基準にまとまり、動きやすさや落ち着き、集中しやすさが自然に生まれます。

音のリズムを上手に取り入れることで、日常のさまざまな場面で心身の調子を整えることができます。ぜひ、ご自身の生活の中で活用してみてください。

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執筆

板東 浩(ばんどう ひろし)のアバター 板東 浩(ばんどう ひろし) 医学博士 日本統合医療学会四国支部長

徳島県糖質制限研究会代表 ​ 徳島大学卒業、ECFMG資格取得後、米国でfamily medicineを臨床研修。専門領域はアンチエイジング、糖質制限、音楽療法、スポーツ医学など。アイススケート選手として国体出場(1999 ~ 2003)。第9回日本音楽療法学会大会長(2009)。第3回ヨーロッパ国際ピアノコンクール(EIPIC)in Japan銀賞(2012)。日本プライマリ・ケア連合学会大会長(2017、高松)。 日本心身医学会 中国四国地方会大会長(2023)。糖尿病関係の英文医学雑誌4誌のEditor-in-Chief(編集長,2024)。著書30冊以上、印刷物2,000以上、英語論文500以上。「新老人の会」徳島代表。

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