集中力が続くBGMは“静かな音楽”──遅いテンポの力を科学的に解説

医学博士で音楽療法士の
板東浩です。

仕事や勉強の場面で、
音楽は私たちの集中や思考に影響を与えます。

速いテンポの音楽は、
気分を高めて作業を前に進める力になります。

一方で、静けさや遅いテンポは、
深い集中や創造的な思考を支える大切な環境をつくります。

研究では、
速く大きな音がかえって理解力を下げることも報告されています。

本コラムでは、“静けさ”や“ゆったりした音”が
脳に与える効果に注目し、その科学的な仕組みを解説します。

目次

テンポが遅い音楽は「脳の静けさ」をつくる

副交感神経を優位にする“ゆったりリズム”

遅いテンポの音楽、特にBPM60〜80程度の楽曲は、安静時の心拍数と近いリズムを持っています。

そのため、私たちの生理的なリズムと自然に同調し、呼吸が深まり、副交感神経が優位になります。

心拍数や血圧が落ち着き、脳波はベータ波(緊張・興奮状態)からアルファ波(安静覚醒状態)へと移行。

心と体が静かに整い、「脳の静けさ」がつくられていきます。

これは単なるリラクゼーションではなく、意識を内面に向けやすくする心理的な基盤でもあります。

創造や深い集中を助ける「内向的な集中状態」

このような状態は、スポーツや芸術の世界で語られる“ゾーン”に近く、リラックスと集中が同居した理想的な感覚です。

外部からの刺激に過剰に反応せず、自分の内側に感覚が研ぎ澄まされるため、思索や企画、読書や瞑想などに適しています。

弦楽器やピアノ、アンビエントのように、急激な強弱やリズムの切れ目が少ない音楽は特に効果的です。

心拍や脳波を安定させながら「内向的な集中状態」を長く維持できます。

つまり遅いテンポの音楽は、精神活動において創造性や深い集中を支える重要な環境要因となるのです。

なるほどワンポイント
──遅いテンポの音楽が“脳を静める”仕組み 5つ

① BPM60〜80は安静時の心拍に近い
  自然な呼吸や脈拍と同調しやすいテンポ。
② 副交感神経を優位にする
  緊張をほどき、体と心をリラックス状態へ導く。
③ 脳波がアルファ波に移行
  興奮のベータ波から、安定した「安静覚醒状態」へ。
④ “ゾーン”に近い集中を実現
  リラックスと集中が両立し、創造的な思考がしやすくなる。
⑤ 静かな旋律が内面の整理を助ける
  余白ある音楽は、考えや感情を落ち着いて整える時間を与える。

速くて大きな音楽は“認知の邪魔”になることも

読解や理解を妨げる科学的根拠

一方で、速く大きな音楽は認知課題にマイナスに作用することがあります。

Thompsonら(2012)の研究では、速いテンポかつ大音量の音楽を聴きながら読解課題を行うと、無音環境より理解力が低下することが示されました。

これは、音楽が脳の処理資源──いわゆる「認知リソース」を奪ってしまうからです。

文章を理解する力や推論する力に本来割かれるべき領域が、音の処理に消費されてしまうため、思考の効率が下がってしまうのです。

ワーキングメモリや注意制御に干渉するメカニズム

脳の働きをパソコンにたとえるなら、ワーキングメモリはデスクトップ画面に相当します。

そこに大音量の音楽という「余計なアプリ」が広がると、作業スペースが圧迫され、必要な処理がしにくくなります。

特に速いテンポや刺激の強い音は覚醒度を過剰に引き上げ、ワーキングメモリや注意制御に干渉してしまうのです。

もちろん、単純作業や気分を高めたい場面ではプラスに働くこともあります。

しかし、読解・学習・企画立案など高度な認知を要する場面では、速く大きな音楽が「集中の敵」となる場合が少なくありません。

音楽を“効率を上げる味方”にするには、その特性を理解し、使い分けることが不可欠です。

● Thompson, W. F./Schellenberg, E. G./Letnic, A. K.(2012年)
論文名:Fast and Loud Background Music Disrupts Reading Comprehension(Psychology of Music 誌掲載)
主な成果:25名を対象とした読解実験で、速くて音量の大きいインストゥルメンタル音楽は、無音状態よりも理解力を低下させる傾向が見られました。背景音楽が認知リソースを奪い、集中や思考を妨げる可能性を示しています。

https://researchers.mq.edu.au/en/publications/fast-and-loud-background-music-disrupts-reading-comprehension?utm_source=chatgpt.com

静けさ・余白のある音で“感覚を整える”

静かな音楽が集中を支える理由

静かなピアノ曲やヒーリングミュージックは、音の密度が低く、刺激が少ないため、呼吸や注意のリズムを乱しません。

残響や間(ま)が豊かな曲は、聴く人に「余白」を与え、その余白が内面を整理し、思考を落ち着かせる役割を果たします。

たとえば読書や企画のように考えを深めたいときには、静かな旋律が「感覚を整える」環境をつくります。
音が背景として控えめに存在し、空気の一部として機能することで、集中を妨げず支えてくれるのです。

これは単なる心地よさにとどまらず、脳の情報処理をスムーズにし、作業効率や思考の質を高める効果へとつながります。

静けさの余白を感じる、ヒーリングピアノ(ピアノ作品紹介)

余白のある音を聴くという選択肢

あえて刺激の強い音楽を避け、余白のある音を聴くことも有効です。

音の密度が低い音楽は聴覚への負担を軽くし、脳が感覚情報を整理しやすくなります。
これは、日常生活では見過ごされがちな“静けさの力”とも言えるでしょう。

タスクや時間帯に応じて音の選び方を変えると、より効果的です。
朝は柔らかなピアノ曲などで緩やかに覚醒を促し、
昼は控えめな環境音や低刺激のインストゥルメンタルで集中を維持し、
夜は自然音が織り込まれたヒーリングミュージックで心身を鎮める──そんな工夫が可能です。

さらに、音量は環境音に溶け込む程度に抑えることが大切です。
音が主役にならず“空気の一部”として存在することで、心のバランスを保ちながら集中を支えられます。

静けさや余白のある音環境は、余計な認知負荷を与えず、自然に集中を助ける繊細なツール。
仕事や学習の場に取り入れることで、心と体を調和させ、落ち着きと深い集中を生み出してくれます。

静けさをデザインする、自然音と音楽の調和(自然音作品紹介)

おわりに

速いテンポの音楽は、作業のスピードやモチベーションを高める「外部エンジン」のように働きます。

一方で、読解や企画、学習のように深い集中を必要とする場面では、
静けさや遅いテンポの音楽が「脳の静けさ」をつくり、
思考や記憶、創造力を支える重要な環境となります。

研究でも、速くて大きな音が理解力を妨げることが示されており、
逆に余白のある音やヒーリングミュージックは、
心を落ち着け、集中を持続させやすいと報告されています。

大切なのは「作業の種類に合わせて音を選ぶこと」。

朝は柔らかな旋律で目覚めを助け、
昼は静かな環境音や控えめな音楽で集中を支え、
夜は自然音を織り込んだヒーリングミュージックで心身を鎮める──。

速いテンポが「外部エンジン」として走らせてくれるなら、
静かな音楽は、方向を整え、心を安定させる 「心のハンドル」 のような存在です。

音をうまく使い分けることで、
毎日の仕事や学びが、より豊かで実りある時間へと変わっていきます。

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執筆

板東 浩(ばんどう ひろし)のアバター 板東 浩(ばんどう ひろし) 医学博士 日本統合医療学会四国支部長

徳島県糖質制限研究会代表 ​ 徳島大学卒業、ECFMG資格取得後、米国でfamily medicineを臨床研修。専門領域はアンチエイジング、糖質制限、音楽療法、スポーツ医学など。アイススケート選手として国体出場(1999 ~ 2003)。第9回日本音楽療法学会大会長(2009)。第3回ヨーロッパ国際ピアノコンクール(EIPIC)in Japan銀賞(2012)。日本プライマリ・ケア連合学会大会長(2017、高松)。 日本心身医学会 中国四国地方会大会長(2023)。糖尿病関係の英文医学雑誌4誌のEditor-in-Chief(編集長,2024)。著書30冊以上、印刷物2,000以上、英語論文500以上。「新老人の会」徳島代表。

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